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7 posts tagged with "ネット"

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· 13 min read

ネットで買物ってすごく楽だけど、まだまだ勘違いしてるショップも多いなぁ…と感じる。
勘違いというか、ネットでの売り方やリスクを知らなくて、結果的に消費者に負担を負わせてしまっている。

ネット通販の仕組みを自分たちである程度管理していれば、他人任せにもならないし、他人のせいにもできないし、リスクを考えるし…といろいろと大変なことはあるもののそれなりに真面目にやるんだろうけど、楽天市場みたいなところを利用していまうとこういうのが薄れてしまうような気がする。
もちろん、うまく 活用 しているショップは多数あるけど、ビジネスに巻き込まれて出店料を取られてしまい、なんとか利益を確保しようとしていると消費者まで巻き込んでしまうことになる。

巻き込まれてしまった

▶【楽天市場】まんてん楽天市場店
http://www.rakuten.ne.jp/gold/mantendo/

今回はこのサイトでハンガーを20本買ったんだけど、ここでかなり嫌な思いをした。
簡単にまとめるとこんな感じ。

  • 破損商品が届いた(対応なし)
  • 汚れた商品が届いた(交換します)
  • 上記2点についてはショップも認めた
  • 破損商品については『ご理解ご了承を…』というだけで対応はなし

メールのやりとり

私: 汚れと凹みがあって、凹みは梱包の際に出来たものなんですけど対応どうなります?
(汚れ, 凹み, 凹みは梱包時のものがわかるような写真を3枚送付)


ショップ: へこみにつきましては、ページにも記載させていただいておりますが、
特徴でもある滑らない加工を施している為、その材質の柔らかさ故に若干のヘコミや歪みがある場合がございます。
これはあくまでメーカーの出荷基準を満たしている商品であり、不良品ではございません。
また、汚れのある商品につきましては、商品名と本数をご連絡いただきましたら、交換させていただきます。

[この時点ではメーカーの出荷基準を満たしていると言っている。]


私: メーカーの出荷基準を満たしているということは、御社で梱包したわけではないんですね?
凹みの注意書きが見当たらないんだけど、どこにあるの?
(こちらの見ているスクリーンショットを送付)


ショップ: へこみにつきましては、製造完了時もしくは当店への輸入時に出来た物だと思われます。
ページの記載につきましては、システム上、文字数の関係でモバイルページには記載させていただいておりませんでした。

[ここでもショップに届いた時にすでに凹んでいたと言っている]
[注意書きについては載せてないと認めている]


私: 梱包時の痕に見えるんだけど、御社は梱包してないの?
注意書きが無い商品を受け取ったんだけど、そういうのは消費者が負担すべきことと認識してる?


ショップ: へこみにかんしまして、メーカーに確認させていただきました所、
先ほどもご連絡させていただきましたが、
「メーカーの出荷基準を満たしている商品であり、不良品ではございません。」
との事でした。
「消費者が負担すべきことと認識している」とは思ってはおりませんが、
へこみに関しましては、その他のどのお客様もご理解いただいておりますので、
何卒、ご理解、ご了承くださいます様お願い致します。

[消費者が負担すべきではないと言いつつもご理解、ご了承ってなんだろう?]


私: 御社梱包時の凹みは無いということ?
消費者が負担すべきことではないと言いつつも、負担させていると解釈しました。←これには回答なかった。
ブログに書いてもいい? ←これにも回答なかった。


ショップ: 入荷の時点でへこみが生じている商品もございます。

[入荷の時点でってことはショップ梱包時の凹みもあると認めている…が、なんとか自社の良くないことには触れないように回答している。]


私: 出荷基準を満たしていることと梱包時の損傷は異なることですよ?
ブログの件は回答がないので了承を得たものとして解釈しましたよ。
この件はネット通販の改善に繋げさせていただきます。

その後は返信がない。

店頭販売の場合は?

買い物ついでに同じハンガーをとある店舗で見てきたけど、凹みは全然なかったし、凹むような感じで販売してもいなかった。

ショップの対応

商品梱包時に出来た損傷であることがわかるような写真を送っているにも関わらず、『メーカー出荷基準を満たしています』と初めから逃げ腰。
最終的には注意書きもないし、梱包時の損傷もあると認めているにも関わらず、『ご理解、ご了承を…』ってなんだろう?

注意書きが表示されないケースもあるということを理解せずにシステムを利用し、売っている…って、明らかにシステムに振り回されている。
今回の件でショップが何かを学んだとしても、消費者が犠牲になってるから「これでいいや」って思いそうな気もする。

楽天の対応

こういうとき、楽天はどう対応するのか?というと、こんな感じ。

▶【楽天市場】ヘルプ
http://ichiba.faq.rakuten.co.jp/app/answers/detail/a_id/4022/kw/%E5%95%86%E5%93%81/r_id/166

商品については、各ショップが責任を持って管理、対応しています。 上記のような場合を含め、万が一、届いた商品に何かしらの問題があった際に楽天市場にお問い合わせいただきましても対応はできません。 ショップへお問い合わせのうえ両者で解決してください。

というわけで、何もしてくれない。

参考にAmazonの場合

以前、Amazonで靴のサイズで問題があって売っているショップに問い合わせたら拉致があかなくて、最終的にはAmazonに報告したらショップから返品対応の連絡があった。
この時は次のような流れ。

  1. Amazonのフォーム上でショップとのやりとり
  2. Amazonに報告(ショップとのやりとりも見ていいと伝えた)
  3. ショップに「Amazonに連絡しました」と伝えた
  4. ショップから交換対応しますの連絡が来た

やりとりがAmazon上のフォームなのでお互いに偽装とかそういうことは出来ない安心感があるし、最終的にはAmazonも関わってくれる。
確か、最終的にどうしようもなかったらAmazon側がなんか対応してくれるってことになっていたような気がする…が、そうなってないから詳細不明。

Amazonはよく考えてる…と思う。
(先日、他人宛の商品が自分宛の商品と一緒に梱包されて届いたのは内緒)

損傷商品はどうなった?

商品の損傷は使えないこともないけど…という状態なのでこのまま使う。

まとめ

安心も合わせて買うならAmazon!!
楽天もこういう変なショップに当たるのはいつもじゃないから利便性とのトレードオフだし、運でもあるな。
レビューがレビューになってないものも多くて、見極めも難しいのも事実!
レビューは消費者が書くものだし、ショップの対応に改善点は多数あるものの、消費者も改善しないと…というところはある。

今回の場合、ショップの改善というよりは、ショップの意識の低さが原因っぽいから改善は無理かもな…とも思っている。

商品よりもショップの対応にイラッとしたし、ネット関連はまだまだ向上できるなって思える件だった。

· 6 min read

今日はコードを整理しようと思ったんだけど、いつの間にか時間が過ぎたのでやめることにする。
3DSの液晶保護フィルムを貼っていたせいか?

ふと思ったことを自分の頭の中を軽く整理するために書くので、抽象的でよくわからないないようになると思う。

最近、自分では当たり前だと思ってたことが、実際はそうではないらしいということがいくつかあって、これらも少しずつ吸収すべきだったり、もっとネットを知らないつもりで行動してみた方がいいのかもしれないと思ってる。

「これ知らずにどうやってシステム構築するか考えるの?」ということが結構出てくるし、考察と言いつつ、考察がなかったり…今まで、どうやってシステム化してきたかわからない場面に出くわしてばかり。

他には、ネット上での信頼性について。どういうことが相手に信用を与え、どういうことが信用を失うか?ということや、一度ネット上に公開されたものは消えることがないというくらいの気持ちでいるべきなんだけど、そういうのがなかったり、知らなかったり…ということが一般的のようだ。
「意外と信用できるのかもな〜。でも、相手はそんなこと少しも思ってないだろうな」と思うこともあれば「う〜ん…信用したいけど、出来無い…相手に悪気がないのはわかってるけど、こればっかりは気持ちの問題だし」ということもある。
Twitterで、公式リツイートせずに、敢えてRTする場合もある。ささいなことだけど、すごく大きな差ということが、ネット上だと見えづらいみたい。

"ささいなことだけど、すごく大きな差" で思い出したけど、システム構築の際にもすごく気をつける。あまり変わらないよなぁ〜と思っていても、とてつもない影響力を持ってたりすることがあるから。大小の差はあれど、違うんだから、それが大きな影響を与えても不思議ではないよな…という気持ちで接してないとすぐに考慮漏れにつながる。

今までも「PC立ち上げるのが面倒」というフレーズは幾度と無く聞いてきたけど、最近はそのフレーズの後に「スマホあるから/タブレットあるから」という一言が隠れている気がしている。
アプリの出来がそれほどよくなくても「こういうもの」という認識であって、便利になったら「便利になった」と感じているように思う。
ということは、ある程度のものでよくて、先がありそうなら改善を図るという方法もありなのかもしれない。
この辺は作る側と利用者に少なからず乖離があるように思う。

今後はスマホアプリも重要だな…と感じてる。どちらかというと、既にちょっと出遅れた感を感じているくらい。

ネット上って、いろんな心が落ちるなぁって思う。文字だけで、それだけではわからないことも、前後の文章があるだけでだいぶ変わるし、他の人のコメントと混じり合ったときにも変化する。
こういう感覚、意外と他の人と共有できていないと感じる一方、言わなくても通じると思っている人にはたいてい通じている。 

これくらいで、ある程度は書き出せたかな。

· 9 min read

ネットっていろんな意味で楽しい😄 何がどう楽しいのかは人それぞれだと思うけど、少し真面目に楽しさの要素について書いてみる。

ネット以前

今ほどインターネットが流行る前のコミュニケーション手段として "会う" と "電話" があり、その後 "ポケベル" が出てきて、さらに "携帯メール" が出てきた感覚がある。 これを "場所", "時間" で分類するとこんな感じかな? 共通の場所と時間: 会う 共通の時間: 電話

ポケベルと携帯メールは上記の "共通の時間" に当てはまりそうだし、当てはまらなさそう。理由は "(持っていれば)半強制的に届く(そして見るという行動を起こす)" から。

インターネットが流行りだしてくると、共通の場所でも、共通の時間でもない "電子メール" というものが使えるようになった。

上述から考えると、主に "場所"  "時間" という属性である程度分類できそう。 他の属性として "音声"  "映像" というものがあるけど、今回は省略(電話での音声って、肉声じゃないし、映像は相手は見えてるけど直接会ってるわけじゃないし)。 音声と映像は場所と時間とは違う軸の属性(補完の意味合いが強い)と思ってるってのもその理由。

文字だけの擬似会話

BBSや掲示板と呼ばれる種類のもの、あれは擬似会話のようなものだと思ってる。 それを読むことにより、その場での会話の流れをたどってる。仮に、そこへ書き込んだ人を知っていたとすると、脳内ではなんとなくその人が話してるかのようなさっかくに陥ってる。 ここで出てきた "会話の流れを辿る" というのがとても重要で、言い方を変えると "リアルとは別の時間軸を共有してる" ということ。

さっき、属性として場所と時間を上げたけど、そこに出てきた時間という属性を擬似的に実現していることになる。擬似的とは言え、時間属性を満たしたら電話してることに近づく(音声がないから "近づく" と表記)ことになる。

文字から音声, 映像へ

最近は文字だけではなく、音声や映像を通じても擬似的に時間を共有してる。 そのひとつがニコニコ動画。共通の映像を見て、それについての会話(コメント)がなされている。動画に流れてるコメントは以前に誰かが書いたものなのに、見ている人はあたかもコメントされているかのように感じる。実際は "以前" と "今" なのにね。 時間を超えて時間を共有しているいい例。

場所って?

時間は擬似的であれ、なんとなく共有してる感を持てるんだけど、場所を擬似的に感じることが出来るかどうか? 今のところ、こっちは難しいのかなぁ〜? ネットってどこでも出来るからある意味、場所という属性は存在していないのかも?極端な話、月にいても通信手段さえあればネットに繋がってしまうわけだしね。

残る組み合わせ

最初に上げた場所と時間の組み合わせでひとつ抜けている "場所は共通だけど時間が異なる" 場合というのがある。 これは至る所で当たり前のように起こりすぎてる事象かな。買い物も、旅行も、その場所へ行ったらなんでもかんでも該当する。 旅行に行って、帰宅後にブログに書いたり、写真を載せたりすることによって、場所と時間を擬似的に共有できたりする。そういう意味ではネットは強力な媒体。

いい具合に融合された例

例と言うには、賛同する人が多い確信がないんだけど…共有するという観点で面白いなぁ〜と感じたから紹介。

■ 嫁に「俺お前の事好き」ってメール送って反応を教えろ - まめ速

http://mamesoku.com/archives/2693701.html単なる2ちゃんねるのまとめサイトなんだけど、読んでいく途中に動画が挟まってたりして、読みつつ、動画があったら、再生して読み進めていく…みたいなことしてると、読んでる雰囲気が変わってく。 動画の出てくるタイミングもいいし、その後の書き込みも動画に一致してるのか、面白いように流れてく。

読んでいるときは時間を共有してる錯覚に陥り、その要素として文字(書き込み)があり返信があり、動画がある。動画の音楽についての返信があったりもするから、動画を再生してるとその返信により共感できたりもする。

こういう共感が楽しさを生み出してるんじゃないかな?

ネットって特別?

ネットって特別視されるときがあるけど、昔から全然そんなことは思ってない。 "会って話す", "電話で話す", "携帯でメールする", "チャットで話す"などなど、属性がことなるだけで並列だと思ってるから。 例えば、時間が合わないだけで、会うことも出来ないし、電話も出来ないんだよ? 住んでるところが離れてるからなかなか会えないし、電話しても寝てたり仕事してたりで留守電。そんな時はメールになるでしょ?

まとめ(?)

メールってネットの一部って概念じゃないのかもなぁ〜。特に携帯メール…なんてことも思ったり…。

· 7 min read

昨日書こうと思っていた "インターネットなのか、システムなのかわからないけど、軽く見られているような気がする" 件について。 パソコンに関わるものが軽く見られてるのかなぁ?

だいぶ身近になったパソコン。使い方がわからないと、詳しい人に安易に聞く人が多いと思う。そして、ちょっとでも教えないと「けち〜」と悪者にされる。そういう人に限って、どういうパソコン(OSなど)を使っていて、何をしたくて、どこがわからないのかを全く伝えようとしない。 今はインターネットがあって、インターネットを使うにはパソコンを使うから、そのまま調べてしまえばいいのに、それさえもしない…という状況。 自分で全く努力せずに聞いて、単に聞いたことだから忘れて、また聞いて…みたいなのは困る。 料理や裁縫がわからないからって、そう簡単に聞かないでしょ?

システムを作るときも、軽く扱わず、もう少し協力してよ〜って思うことがある。 依頼者と自分の間に1人以上いる場合、伝言ゲームが開始される。伝言ゲームだからずれるのは仕方ないにしても、止めちゃう人もいる。 「情報ちょうだいって伝えて」と言っても伝えてくれない人。情報もらえないのは仕方ないにしても、情報が欲しいという意図だけは伝えて欲しい。 「別に、そんな情報なくてもなんとかなるでしょ」みたいに軽く受け止められると説明する気もすごく失せる…というか、諦めて別の方法を考えることに注力する。

資料を作ろうとしても「そんな資料いるの?」って言われたりすると面倒。なんとか伝えなきゃ〜!と思いつつ説明するも、そういう人は既に聞く気があまり無いことが多い。後日、ミーティングで話をしている最中に必要になって「先日まとめたこの資料があります」と言って出しても、そういうことを言う人に限って興味を持ってなかったり…。 情報も資料も軽く扱われてるなぁ〜と感じる。

この軽い扱いが不思議。

その他諸々、ITとかネットってめんどうだなぁ〜って思う。 前にも書いたけど、ブログもmixiもTwitterも、それぞれのコンセプトに沿って利用してみようと思ってる。だから、ブログには好きなこと書くし、mixiでは知らない人からマイミクリクエストがあっても、なんでもかんでもOKしないし、Twitterもフォローされても興味がない人はフォローしないし、思ったことがあったらつぶやくし…って特別なことじゃないと思う。 それを「なんでマイミクOKしないの!?」みたいに言われたり、「あのtweetは何!?」とか言われるとめんどう〜。 マイミクOKしないのはそういう仲間だと思えないからだし、tweetは「あの人に向けて!」なんて意図はなく、自分で思ったことや感じたことをつぶやいてるだけだし…。中には「あの人に向けて!」って人もいるけど、それはtweetを "@id" から初めて指定すればいいだけのこと。 "@id" から始める場合は相手を意識するから、丁寧なtweetにしたりもするけどReTweet( "こうでしょ! RT @id" )の場合は相手に関係なく、自分のつぶやきとして丁寧語を使ったりはせず、自分を主体とした言葉にしてる。

こういうコンセプトや風習や習慣のようなのってわかりづらいんだろうなぁ〜とも思う。わかりづらいのは仕方ないにしても、わかろうとしない人, そこに興味がない人, それを意識しない人にそれを説明しても仕方ないし、難しいところ。

理解しようとする人には色々と話したり、説明したりするけど、その気が無い人には説明しない。 と言ったりすると「けち〜」となるわけですよ(笑)

· 9 min read

以前書いた "ネットの世界だから” ってどういうこと?でも触れたけど、ネットを利用したコミュニケーションについて。

いつも見てるブログは技術系の情報が多いこともあり、基本的に全公開していると思う。 情報系じゃないブログを見に行くと、たまに見かけるのが制限されたブログ。たぶん、日記のような感覚で使っているから、身内だったり、知り合い以外には読まれたくないんだろうな…と推測。読む立場からすると "読む必要のない内容なんだろうな" と思うため、気になったりはしない。 個人的には、ブログは公開するものだと思ってる。読んでもらってなんぼのもんという感じ。そういう感覚のため、このブログも全公開! もし、限定したいならそういうサービスを使えばいいのにと思うこともある。例えばmixi。これは分かりやすい "仲良し" という機能があるし、日記公開時に閲覧可能者を選択することが出来る。 特徴やコンセプトに則れば扱いやすいサービスだと思うんだけど、これが曖昧な人は "ブログに書こうか、mixiに書こうか…" なんて迷っていたりするのかもしれない(笑)

公開ってことについては上述のように思ってるんだけど、ここに誰かが加わると話が変わる。 例えば、Twitterでフォローされたり、mixiのマイミク申請が届いたりということ。 Twitterでフォローしてくれた方のプロフィールは読むし、ブログへのリンクがあったらそれも読んでみる。あとはTLも少し追ってみたりする。その上で、こちらからもフォローするかどうか決める。しないことが多いけど🙄 mixiのマイミク申請もTwitter同様に、プロフィールを読むし、コミュニティを見たり、日記を読んだりする。その上で興味を持ったら「よろしくお願いします」ってことになる。 Twitterもmixiも、基本は "興味を持ったら" ということなんだけど、興味を持つか持たないかの土俵にも立てないことがある。Twitterならプロフィールがなかったり、tweetが少なかったりする場合。mixiならプロフィールがなかったり、日記が公開されてなかったりする場合。 多分、フォローしてくれたり、マイミク申請してくれるということは少なからず興味を持ってくれているはずではあるんだろうけど、こちらからの興味に対しては考えたりしてないのかな?Twitterは気楽なツールってこともあって、フォローされても、こちらはされるだけの一方向なんだけど、マイミク申請となると話が変わる。 マイミク申請って承認するとお互いにマイミクになるから双方向なんだよね。双方向というからには興味を持ったら、興味を持ってもらって成立するということ。

ながーい前置きはここまでにして、ここからが本題(笑) ブログもTwitterもmixiも "単なるお遊びだし、そこまで真剣に考えなくていいじゃん" って意見もあると思うけど、考え方によっては重要だと思うんだよね。主な理由はふたつあって、ひとつは "職業柄" ってこと。これは個人的なものなので放置してよし。 ふたつ目の理由は "興味を持ったからマイミクになってくださいって押し付けがましくない?だいたい、自分の情報は公開せず、素性を隠した状態で、しかも、マイミクになったからって過去の日記を公開するかわからないし、今後も公開するかわからないんだよ?そんな人とマイミクになってどうするの?だいたい、興味を持って欲しいという意図を感じられないよね" ってこと。

ふたつ目の理由は双方向性の強いマイミク申請についての話だけど、別サービスでも似たようなことってあると思う。これって何気ないことかもしれないけど、サービスによって隠されている人となりを見極めるのに重要だと思わない? こんなことをたまに書いたり、話したりしていると「ネットを通しての人物像というのがなんとなくわかった気がする」とか「ネットの意識が変わった」という方がいたりする。そう言ってくれる方々には感覚が伝わりつつあるんだと思う。 ここ数ヶ月で自分がハブになって繋がりを持った人たちが二組いる。一組目はどちらにも何回か会っていた状態での紹介。もう一組は片方は会ったこと無いけど、大丈夫そうだから紹介してみたという流れ。会ったこと無い人を紹介される側としては不安だろうし、自分でも不安はあるけど、それ以上に大丈夫だと思える感覚があったりしたから不思議(笑) こういうことからも、ネットを介したからって付き合いや信頼性が薄くなるとは思えない。 どちらかというと「ネットだから」って括ってしまうから薄くなってしまっているような気がする。

たぶん、始まりは "自分がいて、サービスがあって、相手がいる" 状態だと思うんだけど、これを "相手と自分がいて、(距離を縮めるために)サービスがある" という方向に持っていくのがいいんじゃないかな。 相手に興味を持って、興味を持って貰える準備だけしておけば、そこから始まる信頼だって十分にあり得ると思うよ😉

· 5 min read

先日は “ネットの世界だから” ってどういうこと? ってタイトルでオープンとクローズドの場合のコミュニケーションについて書いてみた。 今回はオープンにしているだけではコミュニケーション効果が薄れてしまうことについて触れてみようと思う。 コミュニケーション効果と書いてるけど、具体的には "人となりを知る/知ってもらう" ことが主。

前回同様、ブログ, mixi, Twitterを例に、これら全てのサービスで情報をオープンにしていたとする。 だけど、それぞれのサービスを自分がやっていることを示せなければ結局は多面を見ることが出来ず、もったいないことになってしまう。 それぞれのサービスを自分がやっていることを示す、一番簡単な方法は、プロフィール欄にそれぞれのURLを載せること。ブログならmixiとTwitterのURLを、mixiならブログとTwitterのURLを・・・というように。

このブログではTwitterへのリンクは張ってあるが、mixiへのリンクは張っていない。mixiへのリンクも載せてもいいんだけど、住所も載ってたりするから、あまり積極的には公開してないという状態。ただ、勘のいい人であれば簡単に見つけられる。mixiのプロフィール欄にはブログのURLを載せてあるからね ;-)

それぞれのサービスをオープンにしているのに、それらのサービスを利用していることを示さないとコミュニケーション効果が薄れる理由、それはサービスの特性が異なっているから。 リアルでは知人と遊んだり、買い物行ったり、ご飯を食べたり、飲みに行ったり、いろんな側面を見ていると思う。それと同じということ。

同じブログでも提供してるサービスはことなるし、いろいろな使い方があるから一概に言えないけど、こんな特徴があるよね。 ブログは好きなことを好きなように書ける。喜怒哀楽を文章にすることが出来、さらにそれを補足するように画像, 音, 動画の利用も可能!湧いてくる感情だけではなく、疑問や意見など、時間をかけて考えたことを書くなど、表現の方法は多種多様。ブログの管理を自分で行っている人なら、ドメイン名からその人のことを知ることも出来るかもしれない。 mixiの日記は、基本的には "日記" ということもあり、ブログほど自由度はない代わりに、マイミクという、比較的親しい人達が読んでくれるであろうことを期待したりして書く。 Twitterはご存知のとおり、140文字の制限というのが一番わかり易い特徴。 こういうサービスの特徴をどのように使って、自分をどのように表現しているかは人それぞれ。

簡潔にまとめると "サービスの特徴を通すことによって、多面を見れた方が、人となりを知りやすい/知ってもらいやすいでしょ?" ってこと。

· 10 min read

前々から思っていた、ネット上でのコミュニケーションについて思っていることを書いてみる。 なかなかうまい表現が見つからなかったから書かなかったんだけど、まとまってないながらも書いてみることにした。

ネット上って匿名性が高いけど、使い方によっては匿名性が薄れ、便利なコミュニケーションツールとなることを知らない人が多い気がする。 正確には "知識や感覚としては知っているけど、実践したことがないから知ったつもりになっているだけ" なんだと思う。 便利なコミュニケーションツールにするためにはオープンにして、自分を知ってもらい、相手を知ることが手っ取り早く、的確だと思う。

コミュニケーションの話からは一旦離れ、ネット上で一般的だと思われるブログ, mixi, Twitterの利用について書いてみる。 どれも、匿名にしようと思えば比較的匿名のままでいられるんだけど、ブログで顔を出している人もいるし、名前を出して自分をブランドとしている人もいる。こういう方々はオープンにしているが、そうでない方々も多数いる。 mixiについては元々クローズド(で、知り合いだから安心ですよ的なこと)を売りとしていたこともあって、マイミクはお互いに知っている仲間の人も多いはず。それどころか、匿名を嫌って「実際にお会いしたことがある人だけをマイミクにします」と言い切っている人もいる。こういう方々はクローズドな使い方を好んでいる。もちろん、プロフィール欄に色々と書き、日々の日記を公開することでオープンすることも可能。以前は招待制だったため、mixiアカウントを持っていないと情報にアクセスできなかったが、今は招待制でもなくなったので、閲覧しようと思えば可能な領域。 Twitterでかなりの数をフォローしてる人は匿名性とかそういうところよりも、tweetの情報に興味を持っているんだろうし、知り合い+αくらいのフォロー数の人はお互いに知っている人とのコミュニケーションに役立てているんだと思う。tweetが多いと、その人の思考や嗜好だけじゃなくて、生活も垣間見えて面白かったりもするし。 こんな風にツールの使い方でオープンにもクローズドにもなる(そして、どちらの使い方もありだと思っている)。

ネットをリアル(現実)と違う、バーチャルな世界として見て「ネットの世界だから」って言ってる人に限って、にわかな気がする。 携帯のメールは1日に何通もやりとりすることはあっても、PCのメールになった途端、何か別物のように扱う人がいるけど、携帯メールと電子メールの違いをどう思っているのか不思議。 携帯もPCも通信端末と捉え、サイズもエリアも携帯の方が利便性が高いからって人もいるし、実際にそうだとは思うんだけど、違いはそこじゃなくて「PCだとなんとなく・・・」みたいな人も結構いそう。 なんとなく?なんとなくって?単にPCを使えないだけならそう言ってくれた方がわかりやすい。

ブログもmixiもTwitterも、携帯メールもPCメールも、どれもネット上でのコミュニケーションをサポートしてくれる便利なツール。 ツールとの相性や得手不得手があって、使わないとか好き嫌いはあってもいいと思うけど、そういうところではなく、偏見で「ネットだから」って言われても、偏見には説明するのが大変。

ネットは実態がないという意味ではバーチャルな世界ということは間違ってないと思うけど、それを利用する人までがバーチャルかって言うとそうではない。 実際、メールで待ち合わせ場所を決めたり、その後に会ったりしてるわけだし、少なくともリアルとも繋がりはあって、人と人はリアル。

ネットだと、知らない人と知り合う機会もあって、そういうときはほんとに相手のことはわからなくて怖いこともあるけど、自分から情報を発信して相手に知ってもらい、相手も情報を発信していてくれたら自分でも知ることが出来て、ネット上とは言えどもお互いをより知っていくことが出来る。

ここ数日の経験を書くと、とある会社でスタッフを募集していたところに、自分の(会ったことない)知り合いがそれに興味を持って面談することになった・・・ってのがある。 会ったこと無いけど、悪い人じゃないと思えば紹介出来るし、なんかまずそうだなと思えば紹介しないし・・・っていうこの判断、お互いの情報を元になんとなく構築されてきた信頼関係じゃないのかなぁ〜って思う。

自分から情報は発信せず、相手のことだけ知ろうなんて無理だし、相手からしたら自分のことを知る術がない。こういう状況だったらなかなか信頼しづらいよね。 ブログの訪問は特定しづらいから、どこから来たんだろ〜?なんてIPアドレスを見たりはしないけど、mixiの場合はあしあとっていう機能があるから、自然と知ってしまう。 日記を全く更新しない人や公開してない人が見に来ることも大歓迎だけど、こちらからしたら「あなたの情報が見れないんだから人となりはわかりませんよ」ってことに気付いているのだろうか? ましてや、あしあとが消えているのを見かけた日には気持ち悪くてしょうがない。ストーカー!?じゃないにしても悪意があるの!?とか疑ってしまう。

ネットをバーチャルな世界とし、リアルと分けるのもいいけど、どちらもあなたに関係してるんだよ?ってことをもっと知って欲しいと思う。 リアルとかバーチャルとか言ってるよりも、ネット上のツールを利用して、リアルを充実させた方が楽しくない? もちろん、バーチャルならではの楽しみもあって、それを否定するつもりは全く無い。 リアルとリアルとつなぐ媒体がバーチャルって思ってもいいけど、線を引くのはちょっと違うかなぁ〜って思う。