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2 posts tagged with "信頼性"

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· 6 min read

今日はコードを整理しようと思ったんだけど、いつの間にか時間が過ぎたのでやめることにする。
3DSの液晶保護フィルムを貼っていたせいか?

ふと思ったことを自分の頭の中を軽く整理するために書くので、抽象的でよくわからないないようになると思う。

最近、自分では当たり前だと思ってたことが、実際はそうではないらしいということがいくつかあって、これらも少しずつ吸収すべきだったり、もっとネットを知らないつもりで行動してみた方がいいのかもしれないと思ってる。

「これ知らずにどうやってシステム構築するか考えるの?」ということが結構出てくるし、考察と言いつつ、考察がなかったり…今まで、どうやってシステム化してきたかわからない場面に出くわしてばかり。

他には、ネット上での信頼性について。どういうことが相手に信用を与え、どういうことが信用を失うか?ということや、一度ネット上に公開されたものは消えることがないというくらいの気持ちでいるべきなんだけど、そういうのがなかったり、知らなかったり…ということが一般的のようだ。
「意外と信用できるのかもな〜。でも、相手はそんなこと少しも思ってないだろうな」と思うこともあれば「う〜ん…信用したいけど、出来無い…相手に悪気がないのはわかってるけど、こればっかりは気持ちの問題だし」ということもある。
Twitterで、公式リツイートせずに、敢えてRTする場合もある。ささいなことだけど、すごく大きな差ということが、ネット上だと見えづらいみたい。

"ささいなことだけど、すごく大きな差" で思い出したけど、システム構築の際にもすごく気をつける。あまり変わらないよなぁ〜と思っていても、とてつもない影響力を持ってたりすることがあるから。大小の差はあれど、違うんだから、それが大きな影響を与えても不思議ではないよな…という気持ちで接してないとすぐに考慮漏れにつながる。

今までも「PC立ち上げるのが面倒」というフレーズは幾度と無く聞いてきたけど、最近はそのフレーズの後に「スマホあるから/タブレットあるから」という一言が隠れている気がしている。
アプリの出来がそれほどよくなくても「こういうもの」という認識であって、便利になったら「便利になった」と感じているように思う。
ということは、ある程度のものでよくて、先がありそうなら改善を図るという方法もありなのかもしれない。
この辺は作る側と利用者に少なからず乖離があるように思う。

今後はスマホアプリも重要だな…と感じてる。どちらかというと、既にちょっと出遅れた感を感じているくらい。

ネット上って、いろんな心が落ちるなぁって思う。文字だけで、それだけではわからないことも、前後の文章があるだけでだいぶ変わるし、他の人のコメントと混じり合ったときにも変化する。
こういう感覚、意外と他の人と共有できていないと感じる一方、言わなくても通じると思っている人にはたいてい通じている。 

これくらいで、ある程度は書き出せたかな。

· 9 min read

以前書いた "ネットの世界だから” ってどういうこと?でも触れたけど、ネットを利用したコミュニケーションについて。

いつも見てるブログは技術系の情報が多いこともあり、基本的に全公開していると思う。 情報系じゃないブログを見に行くと、たまに見かけるのが制限されたブログ。たぶん、日記のような感覚で使っているから、身内だったり、知り合い以外には読まれたくないんだろうな…と推測。読む立場からすると "読む必要のない内容なんだろうな" と思うため、気になったりはしない。 個人的には、ブログは公開するものだと思ってる。読んでもらってなんぼのもんという感じ。そういう感覚のため、このブログも全公開! もし、限定したいならそういうサービスを使えばいいのにと思うこともある。例えばmixi。これは分かりやすい "仲良し" という機能があるし、日記公開時に閲覧可能者を選択することが出来る。 特徴やコンセプトに則れば扱いやすいサービスだと思うんだけど、これが曖昧な人は "ブログに書こうか、mixiに書こうか…" なんて迷っていたりするのかもしれない(笑)

公開ってことについては上述のように思ってるんだけど、ここに誰かが加わると話が変わる。 例えば、Twitterでフォローされたり、mixiのマイミク申請が届いたりということ。 Twitterでフォローしてくれた方のプロフィールは読むし、ブログへのリンクがあったらそれも読んでみる。あとはTLも少し追ってみたりする。その上で、こちらからもフォローするかどうか決める。しないことが多いけど🙄 mixiのマイミク申請もTwitter同様に、プロフィールを読むし、コミュニティを見たり、日記を読んだりする。その上で興味を持ったら「よろしくお願いします」ってことになる。 Twitterもmixiも、基本は "興味を持ったら" ということなんだけど、興味を持つか持たないかの土俵にも立てないことがある。Twitterならプロフィールがなかったり、tweetが少なかったりする場合。mixiならプロフィールがなかったり、日記が公開されてなかったりする場合。 多分、フォローしてくれたり、マイミク申請してくれるということは少なからず興味を持ってくれているはずではあるんだろうけど、こちらからの興味に対しては考えたりしてないのかな?Twitterは気楽なツールってこともあって、フォローされても、こちらはされるだけの一方向なんだけど、マイミク申請となると話が変わる。 マイミク申請って承認するとお互いにマイミクになるから双方向なんだよね。双方向というからには興味を持ったら、興味を持ってもらって成立するということ。

ながーい前置きはここまでにして、ここからが本題(笑) ブログもTwitterもmixiも "単なるお遊びだし、そこまで真剣に考えなくていいじゃん" って意見もあると思うけど、考え方によっては重要だと思うんだよね。主な理由はふたつあって、ひとつは "職業柄" ってこと。これは個人的なものなので放置してよし。 ふたつ目の理由は "興味を持ったからマイミクになってくださいって押し付けがましくない?だいたい、自分の情報は公開せず、素性を隠した状態で、しかも、マイミクになったからって過去の日記を公開するかわからないし、今後も公開するかわからないんだよ?そんな人とマイミクになってどうするの?だいたい、興味を持って欲しいという意図を感じられないよね" ってこと。

ふたつ目の理由は双方向性の強いマイミク申請についての話だけど、別サービスでも似たようなことってあると思う。これって何気ないことかもしれないけど、サービスによって隠されている人となりを見極めるのに重要だと思わない? こんなことをたまに書いたり、話したりしていると「ネットを通しての人物像というのがなんとなくわかった気がする」とか「ネットの意識が変わった」という方がいたりする。そう言ってくれる方々には感覚が伝わりつつあるんだと思う。 ここ数ヶ月で自分がハブになって繋がりを持った人たちが二組いる。一組目はどちらにも何回か会っていた状態での紹介。もう一組は片方は会ったこと無いけど、大丈夫そうだから紹介してみたという流れ。会ったこと無い人を紹介される側としては不安だろうし、自分でも不安はあるけど、それ以上に大丈夫だと思える感覚があったりしたから不思議(笑) こういうことからも、ネットを介したからって付き合いや信頼性が薄くなるとは思えない。 どちらかというと「ネットだから」って括ってしまうから薄くなってしまっているような気がする。

たぶん、始まりは "自分がいて、サービスがあって、相手がいる" 状態だと思うんだけど、これを "相手と自分がいて、(距離を縮めるために)サービスがある" という方向に持っていくのがいいんじゃないかな。 相手に興味を持って、興味を持って貰える準備だけしておけば、そこから始まる信頼だって十分にあり得ると思うよ😉