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· 9 min read

今まで "標準化" というものに関わってきて、それについて思うこと。

標準化に関わってきた

過去に設計書類の標準化を行ったことがある。 システム開発における、設計書のフォーマットの統一と、統一したフォーマットを元にシステムに喰わせるファイルを出力しようというもの。 結果から言うと、これは失敗したと思ってる。 別件では成功したこともあるけど、それはとてもシンプルな部分。

失敗したと思ってること

ドキュメントは何種類かあり、それらはつながりを持っているため、きちんと追うことが出来、最終的にはシステムが利用する設定ファイルにもなる。どこが失敗したか?というと、これら。
  • ドキュメントの種類が多すぎた
  • ドキュメントを書くスキルが必要
  • ドキュメントを書くスキルを身につける学習期間が必要

まず、ドキュメントの種類が多いため、設計に時間がかかる。その分、設計はしっかりして、レビューを行うことによって不具合になりそうなことやよくない設計については見つかるんだけど、ドキュメントが多いだけあって時間がかかる。 さらに、ひとつのドキュメントに修正が入ると関連するドキュメントにも手が入る。これは設計書が一貫しているというメリットと表裏一体。

ドキュメントを書くルールがあったので、書くためのスキルが必要。他のドキュメントとも関連性があるため、関連性が無いとエラー。エラーというのは、ドキュメントをコンパイルすることが出来て、そこでエラーが判明する。 ドキュメントの種類はVisioやExcelだったりするので、コンパイル?なにそれ?って感じだけど、実際にそういうものだった。 そういうルールがあるため、覚えるにもそれなりに時間がかかるのです。膨大な時間ではないけど。

失敗の中に見えたこと

そんなわけで、ドキュメントの標準化は失敗したなぁ〜と思いつつ、見えてきたものもあった。 それは "設計書を書ける人と書けない人が明確になった" こと。 文章にすると曖昧かもしれないところを、明確に定義していくため "考えが浅いと書けない" ということに陥る。書けても、コンパイル通らないとかね。

自分でドキュメント定義する過程と、それを利用した人を見て、明確にするために必要な情報や考え方はここでだいぶ知ったと思う。 それと、設計書だけではシステムが成り立たないということも。

成功したこと

上記の失敗した内容とはちょっと別ではあるんだけど、成功したこともある。それが社内ドキュメントの標準化。 まず、社内でドキュメント標準を決める。これをテンプレートとして使う。そして、書類を書くたびにこのテンプレートに沿って書く。 ここまでは別にたいしたことじゃないです。 でも、これっていつまでも続いてます?例えば、テンプレートファイルを毎回探しに行くのが面倒になってきたり、探しに行くのが面倒だから自分のマシンに保存してしまって、テンプレートが新しくなっても古いものを使ってたり…とかなってません? それを改善するために、MS Officeのテンプレートに社内標準のテンプレートを表示するようにした。MS Officeがサーバー上のテンプレートを参照して、テンプレートリストに出してるだけなんだけど、これは結構効果があったんじゃないかな?と思ってる。 これが成功したと思ってること。 書類が増えたとき、適当に置かれて "あのファイルはここね、でも、これ関係はこっちね" みたいな、その時の気分でテンプレートをばらばらに置かれることもないし、置かれたとしてもMS Officeから見たらテンプレートとして表示されるので問題なし。 小さなことだけど、小さい割には役に立ったんじゃないかな?って意味での成功。小さなもんです。

標準と見直し

最近も標準化されたものを使うようなお仕事をしているんだけど、そこでの標準というのは何か違う気がしている。 上記のように、失敗とか成功ではなく、結果も出せずにいるというか、あえてそこを評価してはいけなくて避けているというか、そういう感じ。

標準化するにあたって、なにか問題があり、それを解決しようとするから標準化するんだと思う。 例えばこういうこと。

  • ばらばらだとどこに何が書いてあるかわからないから、こういう資料は基本こんな目次にしましょう
  • 今風のシステムを効率的に作るために、こういう仕組みで構築しましょう

"◯◯をしたい  だから××する" ということのはず。ということは◯◯という前提が変わったらそれは改めないとならない。 時代と共に "今風" の定義が変わったら、それは今風ではないので改めないといけない。

どこかで確実に見直しが必要になる。これを無くして標準化を行うことは数年後に弊害が起きるリスクを作るようなもの。 それなのに "標準だから" みたいな、表面上の言葉だけ神様仏様のように崇めてもねぇ…。

"今風なシステムを作るために標準化したら、標準化のせいで数年後は今風なシステムを作れなくなった" ってことになるよ?

標準化は時代に合っている必要はないと思うけど、やりたいことを阻害するのだけはだめだと思う。