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· 8 min read

配送料の考え方って難しいなぁ〜。

配送料が気になるケース

購入商品が500円にもかかわらず、配送料が700円だったりすると "どっちが商品なんだ?" と思う気持ちもある。
市販価格が2,000円なら「送料込みで1200円だし、まぁいっか」となるわけだが、大体の場合は市販価格は700〜1000円というところだろう。

この場合でも、実物を見たいのか、見なくていいのか?ってことも気持ち的に重要。
実物を見た方がいいのであれば見に行けばいいんだけど、個体差がないものであればポチッと注文したい…が、送料が…。

そういうときには商品を見に行くということに重みを増やしてしまえばいい。
例えば、こんな感じ。 * ついでにあの店にも寄ってこよう。 * あれも買いたいからこの商品をついでにしよう。

理由付けなんてなんでもいい。
逆に、

  • 交通費と自分の時間が削減できるなら送料くらい払う

という考えもあり。

送料が気になるケースでは送料の価値を買えてしまえばいいということ。
個人的な情報を考慮しない場合、貨幣価値は一定と言える(5万円だせばiPadが買えるとか、そういう意味で)。
だけど、その5万円が高いか安いかについては人それぞれ。
同様に送料についても比較対象を増やしたり買えたりすることによって送料を安く感じることは出来る。

送料を気にしないケース

送料を気にしないケースも色々とあると思うけど、 * お金に換算しない * お金に換算できない

というのが送料を気にしないケースとして一番わかりやすいのではないか?と思っている。
例えばこんなケース。

  • この高級品に比べたら送料なんて微々たるもん
  • 大切なあの人のこれを食べてもらいたい!

30万円のものを送る送料が1,000円なら微々たるものだから気にしないだろう。
これを食べさせたい気持ちに比べたら1,000円なんて安いとなるだろう。
お金に換算したところで微々たるもんだから換算しない(気にしない)人もいるだろうし、1,000円くらいでこれが相手に届くなら全く気にしない(気持ちはお金に換算できない)という感じ。

方向

上記のことはだいたいの人が一度は思ったことはあることだと思っている。
ここまでは結構共通の認識というか、同意できる人が多いと思っている。

ここからはもうちょっと論理的というか、人を納得させるときに話題に持ち出すような内容だと思う。

お金を気にする場合は一方通行で、お金を気にしない場合は双方向なのではないだろうか?ということ。
インターネットで何かを買うとき、カートに商品を入れて購入ボタンを押す。
その後は確認メールが届いたりするが、数日後に商品が送られてきて完了する。
商品が向こうからこちらへ来るという一方通行な印象。
こちらから商品を注文しているのが往路で、商品が復路という考え方もあるが "注文" という具体性を表現しづらい行為と "商品" という実態の関係性が見えづらいので往復というイメージは持っていない。

お金を気にせずに送るときは気持ちが乗っていることが多い気がしている。
到着後は相手から電話やメールが届いて、気持ちを送り気持ちが返ってくるような、なんとなくな往復に見立てられると思っている。

そもそも

"欲しいから送ってもらう" というのと "送(贈)りたいから送(贈)る" というのが大きく違って、個人プレーと複数人プレーの違いがあるのだから当然という気もしている。

最近、ネットで野菜を購入することもあり、メールマガジンのようなもので近況が送られてきたりもするんだけど、それは往復のようには感じない。
相手の人と会ったこと無いからなのか、ビジネスであるからなのか知らないが、往復ではないなぁ…と感じている。
数値だけで表現するなら、注文を受け付けた側としては大勢の人を相手にしているわけだから100人相手にしていたら1/100しか往路に載せられないということだろう。

まとめ

今年は親戚からも実家からも色々と思ってもらった。特に野菜。
家族+親戚と京都旅行にも行ったし、今まで以上に親類と関わっていたなぁ〜と思った1年だった。